半六邸とは About

———

——

近世以来の旧家である「中埜」家十代目中埜半六が、
明治22年半田運河沿いに建設した本宅が半六邸(「中埜半六邸」)です。
約900坪にもわたる敷地に建てられた、およそ300坪の数寄屋建築。

なお、明治22年とは、半田で第一回陸海軍大演習が行われた前年にあたり、
天皇のためにしつらえられたとおぼしきつくりもみられます。

現在はカフェになっている、名鉄沿線の「別邸」よりも約20年ほど早い完成です。

なお、このウェブサイトの管理人は、近所に住む一般人であります。ご連絡は(m.sakakibara0619atgmail.com※「at」を「@」にかえてください)までどうぞ。

———

2010年5月に行われた、半田市と「半六邸の保存を考える会」との対話がありました。

————————————————————————————————————-

半田市は所有者から半六邸を取得しましたが、これを取り壊します

————————————————————————————————————-

半田市は署名8000人分を重く受け止めているようです

————————————————————————————————————-

△土地取得理由
+観光拠点の真ん中にあるから景観配慮が必要なので
+観光客開催のおもてなしの場が必要なので
+半田運河にのこされた緑を保存するので

△取り壊し理由
-老朽化が激しく改修コストもかかり維持費も必要なので
-歴史的文化的価値は認めるけど、にしてもコストがかかりすぎるので
-行政が活用主体になると被害がでたとき市の責任になっちゃうので
-ナショナルトラスト的に市民主体でやる以外は取り壊すよ

△費用
-すべての建物を耐震改修修復:4億3000万
-母屋・西屋敷のみの耐震改修・修復:2億※
-建物改修、緑地・広場整備費用 計1億3000万
—残す蔵などの耐震改修およびトイレの設置などで6300万
—緑地・広場整備で6000万
—建物改修設計および緑地広場設計:800万

————————————————————————————————————-

○守る会からの反論:※に対して
-でもこれは一般住宅の「一般診断法方法1」で出した額じゃないの?
—耐震工事費を正確に算定するには「精密診断法」が必要だよ
—それで算定すると純粋な耐震工事費だけでは2500万ですむよ
—残りの1億7500万は「建物を奇麗にする費用」となるけどこれはいらないよ

△半田市からの応答
-記載なし

○守る会の疑問
-古民家再生は最近盛んになっているけど文化としてどうとらえているの?

△半田市からの応答
-何年何日つかわれるかなど、費用対効果を考えないといけないのだよ
—半六邸だけが文化ではなく、半田市全体を考えながら行政は判断しなければならないのだよ
-母屋などに多額の費用をかけ修復維持していくことに市民のコンセンサスは得られないよ
—最小限の投資で最大効果を挙げるべき。

————————————————————————————————————-

△今後の方針
+北蔵・茶室など一部の建物を残し活用するよ
+運河周辺の来訪者のための休憩施設をつくるよ
+イベント開催できる広場および庭園を生かした緑地整備をするよ

半六邸のこれまで History

半六邸はこのような経緯を経てきました

  • 明治22年(1889年):半六邸建設
  • 明治23年(1890年):半田にて第一回陸海軍大演習
  • 大正13年(1924年):増築
  • 昭和26年(1951年):旅館喜久家へ

こちら大正13年の増築用図面です。

もしかしたらただ図面化しただけかもしれませんが。

——

それから、こちらは昭和26年「旅館喜久家」計画の図面です。

増築30坪+既設191坪、合計221坪、とあります。約700㎡。

半六さんをきれいにする会

地図 Map

赤いマーカーが半六邸です

ズームアップしますね

より大きな地図で 半六邸 を表示

半六邸とは About

———

——

近世以来の旧家である「中埜」家十代目中埜半六が、
明治22年半田運河沿いに建設した本宅が半六邸(「中埜半六邸」)です。
約900坪にもわたる敷地に建てられた、およそ300坪の数寄屋建築。

なお、明治22年とは、半田で第一回陸海軍大演習が行われた前年にあたり、
天皇のためにしつらえられたとおぼしきつくりもみられます。

現在はカフェになっている、名鉄沿線の「別邸」よりも約20年ほど早い完成です。

なお、このウェブサイトの管理人は、近所に住む一般人であります。ご連絡は(m.sakakibara0619atgmail.com※「at」を「@」にかえてください)までどうぞ。

———

2010年5月に行われた、半田市と「半六邸の保存を考える会」との対話がありました。

————————————————————————————————————-

半田市は所有者から半六邸を取得しましたが、これを取り壊します

————————————————————————————————————-

半田市は署名8000人分を重く受け止めているようです

————————————————————————————————————-

△土地取得理由
+観光拠点の真ん中にあるから景観配慮が必要なので
+観光客開催のおもてなしの場が必要なので
+半田運河にのこされた緑を保存するので

△取り壊し理由
-老朽化が激しく改修コストもかかり維持費も必要なので
-歴史的文化的価値は認めるけど、にしてもコストがかかりすぎるので
-行政が活用主体になると被害がでたとき市の責任になっちゃうので
-ナショナルトラスト的に市民主体でやる以外は取り壊すよ

△費用
-すべての建物を耐震改修修復:4億3000万
-母屋・西屋敷のみの耐震改修・修復:2億※
-建物改修、緑地・広場整備費用 計1億3000万
—残す蔵などの耐震改修およびトイレの設置などで6300万
—緑地・広場整備で6000万
—建物改修設計および緑地広場設計:800万

————————————————————————————————————-

○守る会からの反論:※に対して
-でもこれは一般住宅の「一般診断法方法1」で出した額じゃないの?
—耐震工事費を正確に算定するには「精密診断法」が必要だよ
—それで算定すると純粋な耐震工事費だけでは2500万ですむよ
—残りの1億7500万は「建物を奇麗にする費用」となるけどこれはいらないよ

△半田市からの応答
-記載なし

○守る会の疑問
-古民家再生は最近盛んになっているけど文化としてどうとらえているの?

△半田市からの応答
-何年何日つかわれるかなど、費用対効果を考えないといけないのだよ
—半六邸だけが文化ではなく、半田市全体を考えながら行政は判断しなければならないのだよ
-母屋などに多額の費用をかけ修復維持していくことに市民のコンセンサスは得られないよ
—最小限の投資で最大効果を挙げるべき。

————————————————————————————————————-

△今後の方針
+北蔵・茶室など一部の建物を残し活用するよ
+運河周辺の来訪者のための休憩施設をつくるよ
+イベント開催できる広場および庭園を生かした緑地整備をするよ

半六邸のこれまで History

半六邸はこのような経緯を経てきました

  • 明治22年(1889年):半六邸建設
  • 明治23年(1890年):半田にて第一回陸海軍大演習
  • 大正13年(1924年):増築
  • 昭和26年(1951年):旅館喜久家へ

こちら大正13年の増築用図面です。

もしかしたらただ図面化しただけかもしれませんが。

——

それから、こちらは昭和26年「旅館喜久家」計画の図面です。

増築30坪+既設191坪、合計221坪、とあります。約700㎡。

半六さんをきれいにする会

地図 Map

赤いマーカーが半六邸です

ズームアップしますね

より大きな地図で 半六邸 を表示

半六邸とは About
半六邸のこれまで History
"半六さんをきれいにする会"
半六邸写真 Photos
地図 Map

About:

Following: